大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和49年(ネ)50号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 中野清見

被控訴人(附帯控訴人) 富岡新太郎

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

(一)  被控訴人(附帯控訴人)と控訴人(附帯被控訴人)との間の別紙目録(一)記載の土地の賃貸借契約における賃料が昭和四八年五月一日以降年額六〇万〇、三二八円であることを確定する。

(二)  被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを八分し、その六を控訴人(附帯被控訴人)、その余を被控訴人(附帯控訴人)の各負担とする。

事実

控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人という。)代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人という。)の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに附帯控訴につき附帯控訴棄却の判決を求めた。被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求め、附帯控訴として、原判決を次のとおり変更する。被控訴人と控訴人との間の別紙目録(一)記載の土地(以下本件土地という。)の賃貸借契約における賃料を昭和四八年五月一日以降年額八〇万円と確定する。附帯控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、次に付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(控訴人の主張)

一、地代増額請求訴訟における相当賃料の算定にあたつては、単純に土地の時価に法定利率を乗ずる利回り算定方式によるべきではなく、当該賃貸借の歴史的経緯、地代の推移、地域的特殊性、近隣の状況等の個別的事情を斟酌して具体的に決定すべきである。

二、本件土地は、明治初年にはすでに百島医院が賃借し、明治中期に亡菊地某がこれを承継して内科小児科医院を開業し、次いで大正初期に控訴人の妻の亡父中野菊也が承継し、地上建物において眼科医院を開業し、これを昭和一三年一〇月中野裕雄が相続し、さらに昭和四四年九月一一日控訴人が贈与によつて地上建物の所有権を取得するとともに借地権を承継して今日にいたつている。すなわち、本件土地は未だ市街地として開発されていなかつた明治時代から草分けとして賃貸されたものであるから、周辺が市街化したとしても賃料の算定にあたつてはこの点を充分考慮すべきである。

三、本件土地は、現在いかに市街地とはいえ、東北の地方都市にある。地方都市における生活には地域的特殊性があり、寒冷地帯の東北の地方都市では、大都市と異なり、その生活にはかなりの面積の土地建物を必要とするのである。

四、本件土地の賃料は、年一回払いで、昭和二七年に四万円、昭和三一年に五万円、昭和四二年に六万円、昭和四三年に八万四、〇〇〇円と増額されている。被控訴人は一挙に一〇倍に近い増額を求めるものであつて、極めて不当である。近隣にもこのような事例はない。

五、本件賃料算定の前提たる本件土地の時価は、近隣の取引事例によれば、三・三平方メートル当り六万五、〇〇〇円ないし七万五、〇〇〇円である。

六、かりに利回り算定方式を用いるとしても、本件においては年利一・五%ないし二・〇%が相当であり、これが本件における具体的事情に適合している。

(被控訴人の主張)

右主張を争う。

(証拠関係)〈省略〉

理由

一  本件土地が被控訴人の所有であること、本件土地につき控訴人と被控訴人との間に賃貸借契約が存在すること、被控訴人が控訴人に対し昭和四八年四月一七日到達の書面により本件土地の賃料を同年五月一日以降年額八〇万円に増額する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

二  そこで本件賃料確定請求の当否について判断する。

(一)  本件賃料確定の判断の基礎となる事実は次のとおりである。

1  別紙目録(一)記載の土地八三一・二三平方メートルの昭和四八年度固定資産評価額が一、九四六万二、二三〇円(従つて本件土地の分が一、七〇二万七、五〇五円となる。)であり、その固定資産税年額が八万二、六七〇円(従つて本件土地の分が七万二、三二八円となる。)であることは、当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない乙第三ないし六号証、第一〇号証、原審における鑑定人高橋織造の鑑定の結果、当審における証人高橋織造、同中野富美の各証言、控訴本人尋問の結果によると、次の事実を認めることができ、この認定を左右する証拠はない。

(1)  本件土地は、八戸市の中央部繁華街から約二・五キロメートルの地点にあるが、右繁華街に直通する県道に面し、合併前の旧中野町の中心部商店街に極めて近く、国鉄小中野駅まで約五〇〇メートルの位置にあり、交通の便利もよく、地価が年々上昇している地域にあること

(2)  控訴人は、本件土地上に約四八坪の別紙目録(二)記載の建物を所有し、専らこれを住宅地として使用していること

(3)  本件土地の路線価は、奥行逓減率を加味しても、坪(三・三平方メートル)あたり一二万四、八七〇円であり、右価格および前記固定資産評価額に照らすとき、本件土地の更地価格は坪あたり二五万円をもつて相当とすること(乙第九号証にある小中野北二丁目の二筆の土地の立地条件の詳細が明らかでないので、本件土地と対比することは因難である。)

(4)  本件土地は、既に明治の初め頃から控訴人方の親戚が賃借し、次いで控訴人の妻の父、弟がこれを賃借し、昭和四四年九月以降控訴人が借地権を承継して今日に至つており、その賃借期間は一〇〇年以上に及ぶものであること、そして控訴人の妻の父は本件土地において医院を経営していたが、右先代死亡後は営業の場所としては利用されていないこと、右のような長期にわたる賃貸借(期限の定めは特にない。)であることを考慮すると、その借地権の割合は更地価格の六〇%とみるのが相当であること

(5)  過去一〇年間における賃料の額および増額の経過は次のとおりであり、昭和四三年以降今日まで増額されていないこと

昭和三九年以降 五万〇、〇〇〇円

昭和四二年以降 六万〇、〇〇〇円

昭和四三年以降 八万四、〇〇〇円

(二)  ところで当裁判所は、本件土地の年額賃料は、いわゆる底地価格(更地価格から借地権価格を控除したもの)に平均利潤率を乗じた額を、本件賃貸借にあらわれた個別的事情を考慮して修正したうえ、これに必要経費を加える方法によつて算出すべきものと考える。

1  前記認定事実によると、本件土地の更地価格(A)は坪あたり二五万円、借地権の割合(B)は六〇%、必要経費(E)は他に立証がないので前記固定資産税年額七万二、三二八円であり、平均利潤率(C)は一般慣例に従い商事法定利率年六分をもつて相当とする。

2  そこで本件賃貸借における個別的事情(増減修正要素)および修正割合(D)について考えるに、

(1)  増額修正要素として、本件賃貸借は、右のように長期にわたるものであるから、現在被控訴人にとつては賃料収入を主たる目的とする一種の投資的性格を持つていること、このような観点にたつと、本件賃料は物価、地価騰貴の割合には賃料が低額に抑えられ、現行賃料は固定資産税を若干上廻わる程度のもので、この際かなりの増額を必要とすること、本件土地の立地条件は前記のとおりであり、住宅地域というよりは商業地域に属し、今後も地価上昇が見込まれること、

(2)  減額修正要素として、本件土地は、もと医業経営の場所として利用されていたが、現在は専ら居住の用に供されていること、本件賃貸借は成立後長期間を経過しているところ、周辺の市街化および地価高騰の一般的影響を受け、これに比例して本件土地の地価が上昇し、利便が増大しているものと推認されるから、底地価格を算出の基礎とする場合においては、地価上昇の利益を所有者たる被控訴人にのみ享受させることは妥当でないこと、本件賃料が低額に抑えられていたとはいえ、一挙に大巾な増額をすることはなるべく避けるべきこと

の諸点をあげることができ、以上の点を公平の観念に基づき総合的に較量するとき、本件における修正割合は六〇%減とするのを相当とする。

3  右の方法によつて本件賃料の額を算出すると、次のように年額六〇万〇、三二八円となる。

年額賃料=(A-B)×C×D+E

=25万円×220坪×(1-60/100)×0.06×(1-60/100)+7万2,328円

=60万0,328円

三、以上の次第で、被控訴人の本訴請求は、昭和四八年五月一日以降年額六〇万〇、三二八円と確定を求める限度において理由があるけれども、その余は失当として棄却すべきものである。よつて、本件控訴は理由がないから棄却し、附帯控訴に基づき、右と一部趣旨を異にする原判決を主文第一項のように変更することとし、民訴法三八四条、三八六条、九六条、九二条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤幸太郎 田坂友男 佐々木泉)

(別紙)目録

(一) 八戸市大字小中野町字左比代二三番八号

宅地 八三一・二三平方メートルのうち七二七・二七平方メートル(二二〇坪)

(二) 木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建居宅

床面積 一二五・八八平方メートル

附属建物

木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建病室

床面積 一階・二階各一六・五二平方メートル

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例